「読んで元気になるものを」『あしたのジョー』漫画家・ちばてつやさん(87)死去【報道ステーション】(2026年10月27日)
漫画家のちばてつやさんが22日、都内の病院で亡くなりました。87歳でした。『あしたのジョー』の作画を手掛け、数々の名作を残してきた漫画界のレジェンドです。講談社や小学館がお別れの会の開催を検討していると伝えられています。 番組では、『あしたのジョー』の舞台となった山谷や泪橋での取材、読者の反響、ちばさん自身の言葉が紹介されています。また、旧満州で終戦を迎え、引き揚げを経験したことや、戦争を若い世代に伝えたいという思いにも触れています。
この動画の内容- ちばてつやさんが87歳で死去
- 『あしたのジョー』の舞台や山谷の設定について
- 引き揚げ体験と戦争を伝える思い
- 講談社・小学館がお別れの会を検討
試合後、矢吹丈は死んでしまったのか。ラストシーンをめぐり、いまだファンの間で語られる『あしたのジョー』。その作画を手掛けた、ちばてつやさんが亡くなりました。数々の名作を残してきた漫画界のレジェンド。87歳でした。 ■「あしたのジョー」の舞台は… 28歳で描き始めた『あしたのジョー』。 ちばてつやさん(当時76) 「誰をモデルということではなく、本当にそういう人たちはたくさんいた。あしたのジョーのように親がいない、自分の出生が分からない、戦災孤児みたいな人はたくさんいた」 東京・台東区にある泪橋、丹下拳闘クラブの所在地です。 ちばてつやさん(当時69) 「全室カラーテレビ付き、昔は本当に1泊200円とか。ただただベッドが置いてあるだけでした」 日本の高度成長を支えた、労働者たちの街。山谷は、原作になかった設定で、ちばさんのこだわりでした。 ちばてつやさん(当時69) 「戦争が終わった後の、傷だらけの人間がいっぱいたむろしている街で、色んな人間の触れ合いがあって、ドラマが始まる、導入部みたいなものがどうしても必要だった」 ■届ける思い「漫画で元気を」 読者は…。 20代 「どれだけ負けても立ち上がる姿がすごく格好良さを感じる。男として人間として」 泪橋には今日も矢吹丈の姿があります。 最大のライバル・力石徹が試合後に倒れた時は、読者からの反響がすさまじく、葬儀も開かれました。ちばさんたちは「なんで力石を殺したんだ」と責められたといいます。あの時代、漫画に自分を重ね、突き動かされた人々がたくさんいました。 ちばてつやさん(当時76) 「読んだら元気になって楽しくて『明日も俺も頑張るぞ』みたいな気持ちになれるようなものが漫画」 デビューは1956年。貸本屋向けの単行本からスタートしました。ゴルフ漫画『あした天気になあれ』の主人公・向太陽の「チャーシューメン」は、大人も子どもも合言葉に。 仲間と共に明るく時代を彩ってきた、ちばてつやさん。漫画家として初めて文化勲章を授与されました。 ■若い人たちへのメッセージ 晩年になって描き始めた経験があります。 ちばてつやさん(当時76) 「日本は第二次大戦が終わったとたん平和になったわけじゃない。そこから地獄だった」 6歳の時、旧満州で終戦を迎えた、ちばてつやさん。暴行から逃げ、食べるものもない中、日本を目指しました。引き揚げは約1年に及び、若い女性やお年寄り、子どもたちが次々と息を引き取るのを目の当たりにしました。何人か死ぬと、船の速度を落として船尾から遺体を海におろしました。汽笛がお別れの儀式です。 ちばてつやさん(当時76) 「どんどん戦争がゲーム感覚で報道されたりするのを見ると、このまま我々は黙っていてはいけないんじゃないかなと。戦争ってこういうもんだよと、今の若い人たちに伝える。亡くなった人たちの代わりに、二度と戦争が起きないように、そのために頑張ってくれたんだから。ちゃんと、そういうメッセージは残します」 ちばてつやさんは22日、都内の病院で亡くなりました。講談社や小学館が、お別れの会の開催を検討しているということです。 [テレ朝NEWS] https://news.tv-asahi.co.jp
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- 元のページ
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- 動画プラットフォーム
- YouTube
- 配信元での公開日
- 2026年10月27日 15:28
- 長さ
- 5:23
- 配信元で公開2026年10月27日 15:28
- searchvideo が発見2026年10月27日 16:12
- 重複チェック済み
- 公開2026年10月27日 16:14
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